朝が来る

怠惰な女の日記

文章が書けなかった理由と書きたい理由と

5月になりました。

2023年も第1Qと1ヶ月が終わろうとしています。

皆さま、新年に立てた目標の進捗はいかがでしょうか。

もう夏が来ますね。ダイエットは明日からの明日はいつ来そうでしょうか。

 

私はというと、そもそも新年の目標すら立てていない怠惰な女です。

なんとなく2023年を迎え、

ぼんやりと鍋とお菓子をつついて寝て、を繰り返して過ぎた三が日が昨日のようです。

 

そんな女がブログを書いてみたくなりました。

正しく言うとブログを「やっと書く気になりました。」

私は文章を愛しています。人の文章を読むのが大好き。

小説でもなんでも。

特に人のなんでもない個人的な文章が好き。

その人のありのままの考え、感情、生活が見える血の通った文章が好き。

理由は親近感が湧くから。

この人も私と同じように、なんやかんやとあられも無い失敗を繰り返しながら、

日常を生きている。そう感じると心から安心するのです。

 

そもそも私は言葉、活字が好きで日常的に摂取していました。

幼少期から家にある本を読み漁り、

学校では図書室の常連となり、好きな教科はもちろん国語。

青年期には好きなアーティストの歌詞カードをノートに書き写し、

じっくり眺めてパンチラインの歌詞を味わい噛み締めるという

根暗な活字オタクでした。

 

そんな私が文章を書くのは、ごく自然な流れです。

摂取量がある一定を超えると消化しなければなりません。

 

活字オタク時代もノートに思春期ならではの苦悩や不安や愚痴や恋文を書き殴っていました。ただ、ノートだと同居している家族に見られるかもしれない。

その危機感があり、感情や思考の捌け口は当時のケータイの未送信メールに書き綴るようになっていました。

(当時はいわゆるガラケーを持っていて、メールに文章を書き、未送信フォルダに溜めていく、という感じ。)

 

そして事件が起きます。

私がブログを書けなかった理由になる出来事です。

 

その未送信フォルダに溜めていた私のどうしようもない超個人的な文章を

当時付き合っていた彼氏に読まれたのです。

もう本当に本当に、吐き気がするほど恥ずかしかった。

殺してやろうかと思った。

誰にも読まれないことを前提に書いているので、ポエムっぽくもなるし、

人としてダメじゃね?と誰もが思う幼稚な妬み嫉みも書いてあった。

性にトチ狂っていた時期でもあるので、性についても色々綴っていた。

それを全部読まれた。恥ずかしい。

彼氏はなにか言っていた気がするけど、恥ずかし過ぎて記憶から抹消されている。

なにを言っていたか全く思い出せない。でもドン引きされたことだけは事実。

それがきっかけで彼とは別れた。

 

こんな世紀の大事件があり、私は文章を残すことが怖くなった。

スマホを使い始め、ロックがかけられるようになった。

ノートPCも私しか触らない。でも書けなかった。

ネットに載せる、載せないは関係なく、

「自分のこと」を綴ろうとすると指が止まってしまう。

あの時の恥ずかしい感情がよみがえり、支配される。

自分の内側を外に出すことが出来なくなってしまった。

混沌とした私の内容物は消化されずにぐるぐると漂っているだけになった。

 

悶々としながら20代を過ごし30代になった。

自分のトラウマは把握していて一生このままだと思っていたが、

もう一度文章を綴りたいと思って今これを書いている。

 

理由は孤独だから。転職し、在宅勤務になった。一人暮らしの在宅勤務。

ものすごく孤独である。

誰とも話さない日が続くと人は過去のトラウマなんかよりも

自我をなんらかの形で表現し、発信し、誰かと繋がりたいと思うようです。

 

ただ「人が文章を書く時、真の読者は己である」という言葉があるように、

結局は自分と向き合いたくて書きたくなっただけなのかも。

 

長々と書いたわりに曖昧な理由です。

こんなものなのです、個人的な文章なんて。

 

という感じで記念すべき最初の投稿を終わりたいと思います。

トラウマなんかトラウマと思うからトラウマなんです。(私の場合)

これから好き勝手書いていこう。

 

開き直ったアラサー女の日記、のぞいていってくれてありがとう。

私の内容物、どんどん消化していくぞ。